生命科学先端研究センター学術セミナー(第71回〜第80回)

第80回
日 時 平成24年12月10日(金)午後4時から
場 所 薬学部研究棟U7階セミナー室8
演 題 「Towards the understanding of histone acetyl transferase complexes in transcription regulation and cellular differentiation」
講 師 Laszlo Tora 先生(フランス 遺伝学分子細胞生物学研究所(IGBMC)・教授)
内 容
 Gene expression is a tightly regulated process. Initiation of transcription by RNA polymerase II (Pol II) is believed to be the outcome of a number of sequential events beginning with the binding of specific activators to their cognate binding sites. This initial step will trigger the recruitment of coactivator complexes and general transcription factors at promoters to allow the loading of Pol II into the preinitiation complex (PIC) to achieve transcription initiation. In this process, coactivators play multiple crucial roles through enzymatic as well as non-enzymatic functions. GCN5 and PCAF are mutually exclusive histone acetlyl transferase (HAT) subunits of two functionally distinct, but related, multi-subunit coactivator complexes, the SAGA (Spt-Ada-Gcn5-Acetyltransferase) and the ATAC(Ada-Two-A-Containing) complexes. These complexes have been shown to differentially regulate both locus specific gene expression and global chromatin structure through their enzymatic activities (HAT, and histone deubiquitination).
 I will describe how these human HAT complexes are targeted to different genomic loci representing functionally distinct regulatory elements both at broadly expressed and tissue specific genes. While SAGA can principally be found at promoters, ATAC is recruited to promoters and enhancers, yet only its enhancer binding is cell-type specific. Furthermore, I will show that ATAC functions at a set of enhancers that are not bound by p300, revealing a class of enhancers not yet identified. These findings demonstrate important functional differences between SAGA and ATAC coactivator complexes at the level of the genome and define a role for the ATAC HAT complex in the regulation of a set of enhancers.
 Moreover, the role and the requirement of five different HAT complexes will be discussed in pluripotent ES cell and during differentiation to neuronal cells.

第79回
日 時 平成24年6月22日(金)午後5時から
場 所 薬学部研究棟U7階セミナー室8
演 題 「細胞の挙動を解析してほ乳類初期発生を考える」
講 師 藤森俊彦 先生(自然科学研究機構 基礎生物学研究所・教授)
内 容
 ほ乳類の初期発生において、受精卵という一見対称な形から発生が始まり、どのように細胞が分化し、体の軸が決められるか、胚の形が作られるかを解明することを目標としている。胚の形作りの基盤となる細胞の挙動、それにともなう遺伝子の挙動を理解することが必要である。細胞系譜解析の結果、4細胞期までの割球間においては将来の運命の偏りが無いことが示唆された。更に個々の細胞の性質がどのように決まるか、子宮の中で胚やその細胞がどのような挙動をしているかを解析中であり、最近の知見を紹介したい。
 初期胚の理解の為に、ライブイメージングに用いる細胞内オルガネラなどを特異的に蛍光標識するトランスジェニックライン系統を樹立、観察用の新規顕微鏡等の技術開発を進めており、これらの状況についても解説したい。

第78回
日 時 平成24年5月11日(金)午後5時から
場 所 附属病院2階臨床講義室(1)
演 題 「胎児・こどもの放射線のリスク」
講 師 島田義也 先生(放射線医学総合研究所・発達期被ばく影響研究プログラム・プログラムリーダー)
内 容
 放射線の健康影響について関心が最も高いのは、こどもと妊娠している女性に関するものであろう。高線量の放射線の胎児への被ばくは、発達障害や精神遅滞を引き起こし、低線量でも発がんなどのリスクが潜在的に高まる。将来大人になってからの子孫への影響も心配される。今回の、福島の事故では専門家の言うことはばらばらだと言われることが多いが、国際機関や多くの放射線の専門家がどのように考えているか、科学的エビデンスに基づいて解説する。合わせて、CT検診など医療での被ばくについても簡単に触れる。

第77回
日 時 平成24年2月23日(木)午後5時から
場 所 医学部研究棟4階104講義室
演 題 「福島第一原発による環境放射能汚染と被曝問題」
講 師 山本政儀 先生(金沢大学環日本海域環境研究センター・教授)
内 容
 放射能・放射線については、もともと宇宙には元素誕生以来存在しながら、人間の目にも見えず五感にも感じないため、19世紀末になってやっと発見され、また原子力発電の基本となるウラン(U-235)の核分裂現象は1939年に発見された。過去を振り返ると、核兵器としての原爆(広島、長崎原爆(1945)、ビキニ原爆被災(1954))、時代は進み今度は核の平和利用(アメリカでのスリーマイル島原発事故(1979)、世界を震撼させた旧ソ連のチェルノブイリ原発事故(1986))などで幾多の悲惨な核被災を経験してきた。そして、チェルノブイリ事故から25年後、今度は巨大地震と大津波で被災した東京電力・福島第一原子力発電所の事故によって大量の放射能が環境に放出され、震災と放射能災害が複合・増幅し合う人類未体験の破局的災害が発生した。講演では,放射能・放射線、原子力発電、今回の事故による環境への放射能放出と放射能汚染、それによる被曝問題などについてお話しします。

第76回
日 時 平成24年1月12日(木)午後4時から
場 所 薬学部研究棟U7階セミナー室8
演 題 「遺伝暗号の翻訳とタンパク質合成機構の構造基盤の解明」
講 師 濡木 理 先生(東京大学大学院理学系研究科・教授)
内 容
 トランスファーRNA(tRNA)はメッセンジャーRNA上のコドンを特定のアミノ酸に変換することで、遺伝暗号を翻訳する。タンパク質は20種類のアミノ酸から構成されるが、各々に対応して20種類のアミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)が存在し、特異的なアミノ酸とtRNAを認識し結合することで、正確な遺伝暗号の翻訳を行っている。我々は、20種類のaaRSのうち10種類の酵素と基質の複合体のX線結晶構造解析を行い、aaRSによるアミノ酸およびtRNAの厳密な認識機構の構造基盤を解明し、国際的に先駆的な役割を果たしてきた。特に個々のアミノ酸は構造が微細に異なっているにすぎないため、aaRSは近種のアミノ酸を区別できず、誤ったアミノアシルtRNAを合成してしまう。これらのaaRSは活性部位を2つ持ち、第2の活性部位で誤ったアミノアシルtRNAを加水分解する校正反応を営んでおり、我々はその分子メカニズムを原子分解能で初めて明らかにした。また、近年のゲノム解析の結果、古細菌や真正細菌は20種類のaaRSを持たず、残りのアミノ酸は異種のtRNAに結合された後に、正しいアミノ酸に化学的に変換される。例えばグルタミンに関しては、最初tRNAGlnに誤ってグルタミン酸が結合され、次にtRNA特異的なアミド基転移酵素によりグルタミン酸がグルタミンに変換される。我々はアミド基転移酵素GatDEとtRNAGlnの複合体の構造決定と変異体解析を行い、遺伝暗号が進化的に拡張されてきた構造基盤を解明した。一方、tRNAは前駆体として転写された後、RNA分解酵素によるプロセシングにより末端の延長配列が除去され、CCA付加酵素(鋳型非依存型RNAポリメラーゼ)により3'末端にアミノ酸結合末端であるCCA配列が付加され、最終的に様々な部位に化学修飾が施されて成熟する。我々は、酵素と基質RNAの段階的な反応過程のスナップショットの構造を決定することにより、CCA付加酵素がCCAを再現する反応やtRNA修飾酵素が特異的な塩基に修飾基を導入する修飾反応の動的機構を解明し、分子動画を作成することに成功した。さらに、こうして作られたアミノアシルtRNAをもとにリボソームで合成されたタンパク質を細胞外に輸送するトランスロコン装置の構造解析と生化学解析を行い、分子モーターであるSecAタンパク質とタンパク質膜透過チャネルであるSecYEタンパク質が協調して構造変化し、タンパク質輸送を行う動的な機構を解明した。さらに最近、SecYEと恊働するSecDFがプロトン駆動力を用いて、SecYEを抜けて来たタンパク質の巻き戻し・分泌に働く、分子シャペロンとして働く構造基盤を解明した。

第75回
日 時 平成23年12月12日(月)午後5時から
場 所 薬学部研究棟U7階セミナー室8
演 題 「Signaling to and through chromatin for transcriptional regulation」
講 師 Jerry L. Workman 先生(米国ストワーズ医学研究所・研究員)
内 容
 I will present two stories which illustrate how histone modifications and histone modifying complexes participate in signaling for gene transcription. The first story is from experiments in budding yeast which shows how elongating RNA polymerase II signals to restore the structure of chromatin behind it. This is accomplished by signaling for histone deacetylation and by preventing the incorporation of new histones into transcribed regions. The second story comes from studies in fruit flies, where a novel metazoan histone acetyltransferase complex was discovered. This complex, termed ATAC, was found to act as a positive co-factor from genes activated by the c-jun transcription factor. C-jun is activated by MAP kinase signaling. Surprisingly ATAC also regulates the level of upstream MAP kinase signaling to govern the transcriptional response to these signals.

第74回
日 時 平成23年10月20日(木)午後5時から
場 所 薬学部研究棟U7階セミナー室8
演 題 「胃がんマウスにおける感染と炎症の役割」
講 師 大島正伸 先生(金沢大学がん進展制御研究所・教授)
内 容
 日本における胃がん罹患率は減少傾向にあるが、胃がんによる死亡率は未だがん全体の2位(2009年)である。胃がんを対象とした新規治療・予防法を開発するためにも、胃がん発生機構を解明することが重要であり、そのためにヒトの胃がんを発生分子機序から再現したマウスモデルの作製を試みた。ヒト胃がんの約50%ではWntシグナル経路が活性化しており、70%以上でプロスタグランジン合成酵素であるCOX-2が発現し、PGE2産生が誘導されている。そこで、Wnt1、COX-2、mPGES-1の3つの遺伝子を胃粘膜上皮で発現させたトランスジェニックマウス、Ganマウスを作製した。GanマウスではPGE2依存的な慢性炎症反応をともなう胃がんが100%の効率で自然発生し、胃がん組織の遺伝子発現プロファイルは、intestinal-typeのヒト胃がんと類似していた。したがって、Ganマウスは、ヒト胃がん研究に有用なマウスモデルと考えられる。
 興味深いことにGanマウス胃がん組織では、マクロファージ浸潤が誘導され、粘膜でのTNFやIL-6などの腫瘍促進性の炎症性サイトカイン発現が誘導された。未分化性維持に関与するWntシグナルの活性化により、Ganマウス胃上皮細胞は自己複製能を獲得したが、それだけでは腫瘍は発生せず、マクロファージによる炎症性微小環境が、腫瘍細胞の増殖に重要と考えられた。これまでに、炎症性微小環境が上皮細胞のWnt強度を上昇させ、血管新生を誘導し、EGFRリガンドの遊離を促進することなどを明らかにした。さらに、Ganマウスを無菌化すると炎症反応が認められなくなり、腫瘍発生が顕著に抑制された。したがって、TLRなどを介した細菌感染刺激が発がんに重要な炎症の誘導に関与していると考えられる。

第73回
日 時 平成23年9月13日(火)午後5時から
場 所 薬学部研究棟U7階セミナー室8
演 題 「骨代謝に関する形態学的研究」
講 師 池亀美華 先生(岡山大学大学院医歯薬学総合研究科・准教授)
内 容
 骨組織は石灰化した硬組織であり、体内のカルシウムのほとんどを蓄えている。一見、不活発な組織のように思えるが、骨組織の細胞は相互に連絡し合い、また全身の情報と調和しながら、一生涯リモデリングを繰り返している。そうして、骨組織は常にフレッシュな状態を保ち、支持組織として、さらに血中カルシウム濃度の恒常性維持のために、活発な代謝を営んでいる。
 血中カルシウム濃度は、厳密な恒常性を維持しており、骨組織はミネラル所蔵庫として重要な役割を果たしている。その調節は、副甲状腺ホルモン、カルシトニン、活性型ビタミンD3などのホルモンによって行われている。それらの中で唯一、血中カルシウムを低下させる作用をもつカルシトニンは、破骨細胞を抑制し骨吸収を抑制することから、骨吸収促進する疾患の治療への応用が古くから試みられた。しかし、その作用は長くは続かず、エスケープ現象と呼ばれる現象を示す。我々は、その機序に、カルシトニン受容体の細胞内取り込みと、さらにそのmRNAの減少が関与することを示した。その他のホルモンの受容体は、主に骨形成に関与する骨芽細胞系細胞に認められ、これらの細胞はRANK-RANKL系シグナルによって破骨細胞の活性を調節すると考えられている。
 一方、骨組織は、重力に抵抗して体重を支え、筋と協調して運動器として働くなど、支持組織としての役割も担っており、機械的刺激に敏感に応答する性質を持つ。適度な運動や負荷により骨が太く丈夫になり、負荷をかけないと骨が痩せることなどは、日常経験的に知られている。しかし、骨組織がそれらの負荷情報を受容し、応答する機序については不明な点が多く残されている。近年蓄積されてきた研究結果から、骨組織細胞は、直接機械的刺激を感知する能力があることが明らかにされてきた。なかでも骨基質中で細胞質突起による連絡網を形成している骨細胞が、骨組織全体を調節するメカノセンサーの要ではないかと注目されてきた。さらに、骨芽細胞など骨形成系細胞も機械的刺激に応答することが報告されている。しかし、骨吸収を行う破骨細胞については、機械的刺激への応答性についての情報はまだ十分とは言えない。骨組織細胞の機械的刺激への応答機構を解明は、骨粗鬆症など骨減少性疾患の治療薬や、寝たきり、宇宙空間など、負荷刺激が少ない環境下でも骨減少を軽減させるような薬剤開発に貢献する可能性をもつ。
 この講演では、骨代謝の基礎、ならびに骨代謝関連の特に形態学的研究について、我々の研究を中心に紹介する。その中で、骨組織の細胞たちの生き生きとした姿を感じていただければ幸いである。

第72回
日 時 平成23年8月8日(月)午後4時30分から
場 所 薬学部研究棟U7階セミナー室8
演 題 「機能性RNAとその制御タンパク質から考える生命科学」
講 師 金井昭夫 先生(慶應義塾大学先端生命科学研究所・教授)
内 容
 21世紀に入ってから様々なタイプのNon-coding RNA (タンパク質に翻訳されずにRNAのままで働く機能性RNA)が発見され、また、少なくともその一部には非常に重要な役割があることが明らかになって来ました。こういった目でもう一度RNAの世界を見回してみると、例えば、transfer RNA (tRNA)といった古典的なNon-coding RNAにも非常にユニークな分子種があることが分かって来ました。今回は主にアーキア(古細菌)で見いだした、遺伝子が分断されたタイプのtRNA(複数のイントロンが約70-100塩基長のtRNA遺伝子に含まれる場合や、遺伝子そのものが2-3に分断され、tRNA断片として転写される場合などがあります)と、そのRNAプロセシングを司ると考えられる複数のタンパク質(RNA ligase、RNA kinaseなど)についてお話しします。さらに、次世代のDNAシークエンサーを用いた機能性RNA探索に関する幾つかの試みや、プロテオームレベルで系統的に核酸制御タンパク質を分類していくような「システムRNA」アプローチについてもお話したいと考えています。

第71回
日 時 平成23年7月20日(水)午後5時から
場 所 薬学部研究棟U7階セミナー室8
演 題 「核−細胞質間分子輸送の視点から高次生命機能調節機構を探る」
講 師 米田悦啓 先生(大阪大学大学院医学系研究科長・医学部長)
内 容
 真核細胞では、核と細胞質が核膜と呼ぶ2層の脂質二重層で区分されており、細胞機能が正常に発揮されるため、核膜に存在する核膜孔を介して常に物質流通が行なわれている。典型的な塩基性核局在化シグナルを持つ核蛋白質は、細胞質においてimportin alpha、importin betaと3者複合体を形成して核膜孔を通過し、核内に豊富に存在するGTP結合型Ranがimportin betaに結合することが引き金となって輸送複合体が解離し、輸送は終了する。最近、これらの輸送装置が、様々な高次生命機能と深く関わっていることが明らかとなってきた。たとえば、哺乳類では、importin alphaはファミリーを形成しており、大きく3つのsubtypeに別れているが、importin alpha subtypeの発現が分化段階に応じて適切にスイッチし、転写因子の輸送を調節することにより、細胞の運命決定に深く関わっていることがわかった。また、様々なストレスに応じて、主として細胞質に存在するimportin alphaが核に蓄積することを見出したが、その核内に蓄積したimportin alphaが、遺伝子発現調節に関与し、ストレス応答に関わっていることがわかってきた。