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分子・構造解析施設 准教授
五味知治(Gomi, Tomoharu)


経歴など研究活動の概要主な研究業績| 
概要メチル基転移酵素アデノシルホモシステインヒドロラーゼ総括と展望
(as of 7/1/2002)

概要
 生体諸機能の調節には多くのメチル基転移反応が関与している。これらのほとんどは S-アデノシルメチオニン(以下 SAM)を共通のメチル供与体としており,その反応は,DNA のメチル化による遺伝子発現の制御,RNA やタンパク質の修飾による機能制御から,生理活性アミンやクレアチン等の合成・分解まで多岐にわたる。このため,旧くから数多くの研究が内外の機関でなされており,メチル基転移反応の阻害作用を持つ抗癌・抗ウイルス剤等の開発を目指した研究も多い。しかしながら,これらの反応やその調節に関与する酵素自体の研究,特に構造についての研究はあまりなされていなかった。
 われわれは,動物のメチル基転移酵素と,メチル基転移反応の調節に関与する酵素の構造と機能との関係に着目し,旧来の酵素・タンパク質化学的手法に遺伝子操作技術を組み合わせた方法によって解析を行なってきた。

メチル基転移酵素
 近年,タンパク質の一次構造(アミノ酸配列)の情報が数多く蓄積される過程で,類似機能を持つタンパク質は一次構造上でも類似性を持つことが明らかになってきた。ところが,既知の 100 種以上の SAM 依存メチル基転移酵素(以下 MT)の一次構造上の全てに共通な相同領域は見出されておらず,特に動物の酵素間にはコンピュータ解析で検出し得る相同領域はないとされている。われわれは,独自の配列比較と光親和性標識等によって,動物の酵素には3箇所に共通領域が存在することを見出し,人為的な変異酵素の作成等により,これらの領域の役割を解析してきた。また一方では,MT としては特異な四量体構造を持つ酵素の立体構造の解明にも成功した。これらの解析により,MT における SAM 結合領域の一次構造上の位置と立体構造の共通性を明らかにし,更に,ヌクレオシド化合物である SAM を結合する MT と,ヌクレオチド結合タンパク質(脱水素酵素や癌遺伝子産物 ras タンパク質等)との構造の類似性を示すことができた。

アデノシルホモシステインヒドロラーゼ
 メチル基転移反応の共通の生成物である S-アデノシルホモシステイン(以下 SAH)は,メチル基転移反応自体の強力な阻害剤でもある。このため,SAH を分解する SAH ヒドロラーゼ(以下 SAHase)はメチル基転移反応の円滑な進行に必須である。
 SAHase が触媒する反応はチオエーテルの可逆的加水分解であるが,本酵素は,酸化還元の補酵素である NAD を強固に結合しており,これを補欠分子とする特異な酵素である。われわれはラット肝酵素を用いて,初めて全一次構造の解明と大腸菌での発現に成功し,変異導入によりC末端側(一次構造上の後半部)に NAD 結合部位を同定して脱水素酵素群と共通なドメイン構造(独立性のある構造)の存在を明らかにした。その後,ヒトから原核生物までの 10 種を越える酵素の一次構造が解明されたが,全ての酵素間で 70% 以上の相同性があり,その比較によっては基質結合部位の位置や構造などに関する情報はほとんど得られない。われわれは,親和性修飾と変異導入等によって SAH 結合部位はN末端側(一次構造上の前半部)に存在し,近傍にシステイン残基が存在すること等を明らかにした。更に,MT との一次構造比較を行ない,両者に共通性のある領域をN末端側に見出した。注目すべきことに,この領域はまた,C末端側の NAD 結合部位とも類似性を示し,ヌクレオチド結合領域に共通する構造が,ヌクレオシド誘導体である SAH / SAM の結合部位にも存在する可能性が示唆された。
 ごく最近,われわれは本酵素の結晶構造(3次元構造)の解明に成功し,本酵素はメチル基転移酵素様ドメインと脱水素酵素様ドメインとの融合によって構成されていることを証明するに至っている。

総括と展望
 酵素・タンパク質の研究は,今新局面を迎えている。遺伝子操作技術は,膨大な一次構造情報の蓄積をもたらし,変異導入による個々のアミノ酸残基の役割の検証を可能とした。また構造生物学的技術の進歩とも相まって,組換え体タンパク質を用いた三次構造情報も急速に蓄積されつつある。蓄積された情報は統合され,そこから新たな情報が抽出されている。しかし,これらに隠れてはいるが,実体のあるタンパク質の研究を支えてきたのは,そしてこれからも支えられるのは,他でもない,DNA とは違って個々に個性を持つタンパク質を分離・精製し,分析する技術である。遺伝子に関する研究がもてはやされがちな近年,タンパク質を扱うことの出来る若手研究者が少なくなっていると聞く。当研究室では,遺伝子操作技術はあくまでも手段として利用し,酵素・タンパク質化学的手法を磨き,これを継承して行きたいと考えている。
 当研究室では、メチル基転移反応とその調節に関与する酵素の構造-機能相関の研究を行ってきた。対象とした酵素の数は多くないが、個々の酵素の解析結果を総合することにより、これらの酵素群の分子進化に関しても考察し得る段階に達し得た。
 今後しばらくは,従来行なってきたメチル基転移反応関連酵素のうち,アデノシルホモシステインヒドロラーゼの研究に力を注ぐ予定である。既に本酵素の立体構造が判明したわけであるが,これは最終到達点ではなく,真の意味では出発点である。より詳細な反応機構を解析することにより,酵素触媒に関するより深い理解を得たいと考えている。また,本酵素がメチル基転移酵素様ドメインと脱水素酵素様ドメインとの融合によって構成されていることの理解は,広義ヌクレオシド(ヌクレオシド,ヌクレオチド,およびそれらの誘導体を含む)結合タンパク質群の分子進化に関しても重要な情報を提供し得るものと考えている。一方,本酵素は,脳や肝臓におけるアデノシンを介した情報伝達系での役割も指摘されている。ごく最近では,マウス肝臓における主要な銅結合タンパク質でもあることが示され,銅代謝異常症との関連で関心を集めている。今後はメチル基転移反応だけではなく,このような点をも視野に入れて研究を進めたい。

概要メチル基転移酵素アデノシルホモシステインヒドロラーゼ総括と展望
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