生命科学先端研究センター学術セミナー(第81回〜第86回)

第86回
日 時 平成26年11月20日(木)午後3時から
場 所 薬学部研究棟U7階セミナー室7
演 題 放射線の人体に与える影響−福島原発事故と低線量放射線による発がんリスク−
講 師 鈴木文男 先生(広島大学名誉教授・富山大学客員教授)
内 容
 放射線は透過性があり、僅かなエネルギーで重篤な障害を与えます。これは、主として人体を構成している細胞の核DNAが損傷を受けやすいことに起因しています。一方、環境放射線の被ばくを受けながら進化してきた人間には、DNA損傷修復機構や生体を維持するための様々な防御システムが備わっています。また、最近の遺伝子解析を中心とした分子生物学的研究により、細胞には異常細胞が除去される巧妙なDNA損傷応答システムを有することが明らかにされました。
 放射線は高線量被ばくを受けない限り五感では感じられませので、一般の人にとっては怖い存在です。平成23年3月の東電福島原発事故がさらにそのような気運を増強させているようです。本講演では、これまで得られた放射線の生体影響に関する基礎的な情報と近年得られた種々の知見をもとに、原発事故などで問題視される「がんを中心とした低線量放射線の健康影響」について考察します。

第85回
日 時 平成26年5月2日(金)午後5時から
場 所 附属病院2階臨床講義室(1)
演 題 DNA損傷応答から放射線影響を考える
講 師 宮川 清 先生(東京大学大学院医学系研究科・教授)
内 容
 放射線の生体への影響を考える上で、DNA損傷に応答する情報伝達系の役割を解明することは、近年の生命科学における中心的な課題の一つである。放射線高感受性を呈する疾患の原因解明とモデル生物の遺伝学の発展により、この経路の構成分子が次々と発見され、それらの相互作用を解析することによって、主要な経路図の概略は広く知られるようになってきた。その一方で、これらの作用がどのように放射線の重大な影響である発がんに結びつくのかはまだ不明な点が多い。ゲノム情報や生体機能の基本原理の解明などによるストレス応答の統合的な理解が、放射線を安全に利用して科学の発展に貢献するために、ますます重要となってきている。

第84回
日 時 平成25年7月17日(水)午後3時から
場 所 薬学部研究棟U7階セミナー室7
演 題 放射線の人体への影響−低レベル放射線の健康影響を考える−
講 師 鈴木文男 先生(広島大学名誉教授・富山大学客員教授)
内 容
 2011年3月11日に発生した東日本大震災に伴う東電福島第一原発事故により、周辺の地域に深刻な核分裂生成物による環境汚染を引き起こし、長期的な低レベル放射線による健康影響が危惧されています。世界で唯一の原爆被爆国である日本では、原子力災害の主役として放射能や放射線を過剰に危険視する風潮が生まれやすく、事故後2年以上経過した今日においても、根拠のない情報に基づく数々の風評被害が発生しているのが現状です。
 γ線等の放射線は透過性があり、僅かなエネルギーで重篤な障害を及ぼし、致死に至るような線量を被ばくしても五感では感じられないという特徴を有しています。これは主として、人体を構成している細胞の核DNA(ゲノムDNA)が損傷を受けやすいことに起因しています。その結果、DNA損傷量が多いと早期に各種臓器が機能不全をきたすような重篤な障害(急性障害)が発症し、比較的少ない場合もDNA損傷修復エラーを介して、被ばく後数年たってからがん等の障害(晩発障害)が現れることが知られています。本講演では、これまで得られた放射線の生物影響に関する基礎的な情報を紹介するとともに、最終的には近年得られた種々の学術情報をもとに、東電福島原発事故に被災された地域において予想される「低レベル放射線の健康影響」についての見解を披露します。

第83回
日 時 平成25年5月10日(金)午後5時から
場 所 附属病院2階臨床講義室(1)
演 題 1.PETでなにがわかる?
2.放射線と甲状腺
講 師 絹谷清剛 先生(金沢大学医薬保健研究域医学系・教授)
内 容
<演題1>
 Positron Emission Tomography (PET)が2002年に保険適用となって、すでに10年超が経過しました。PETと呼ばれるものは、多くの場合グルコース類似体であるFDGを用いた糖代謝PETを意味します。癌診療におけるFDG-PETの意義をお伝えいたします。
<演題2>
 一昨年の福島第一原子力発電所事故により、環境中に放射性ヨウ素131Iの漏洩が発生しました。131Iは甲状腺疾患に対する内用療法に日常的に用いられています。臨床における経験に基づいて、この事故による影響をどのようにとらえるべきかということをお話いたします。

第82回
日 時 平成25年2月28日(木)午後5時から
場 所 薬学部研究棟U7階セミナー室8
演 題 「糖鎖は様々な生命現象の鍵となっている」
講 師 浅野雅秀 先生(金沢大学学際科学実験センター・教授)
内 容
 糖鎖は核酸やたんぱく質と同様に生体情報を担う分子であり、第3の生命鎖と呼ばれている。分子と分子あるいは細胞と細胞の相互作用に関わっており、生命現象の様々な局面に登場すると共に、その異常はいくつかの疾患を引き起こすことが知られている。
 β1→4結合にガラクトースを転移する酵素は7つの遺伝子(β4GalT-1〜-7)が存在し、それぞれに役割分担があると思われる。我々の研究室ではこれまでβ4GalT-1、-2、-5の欠損マウスを作出した。β4GalT-1は神経系以外でユビキタスに発現しており、我々が最初にそのノックアウトマウスを作製したところ、上皮系細胞の増殖と分化に異常が観察された。その後、β4GalT-1は免疫系では白血球の細胞接着に関与するセレクチンのリガンド糖鎖の生合成に重要な役割を果たしており、β4GalT-1欠損マウスでは炎症時の好中球やマクロファージの遊走が低下して皮膚の炎症反応が減弱し、皮膚の創傷治癒が遅延することがわかった。また、β4GalT-1欠損マウスは腎臓にも異常を生じて短命であった。腎臓の病理像や血中のIgA分子の解析などからIgA腎症を発症していることがわかった。IgA腎症患者でも報告されているように、IgA分子の糖鎖不全がIgA腎症を発症したのではないかと考えられた。
 一方、β4GalT-2欠損マウスには外見上の異常が見られなかったので、テストバッテリー方式の行動解析を行なった。空間学習・記憶と協調運動に障害が見られ、脳神経系での機能的な糖鎖として知られているHNK-1糖鎖の発現が顕著に減少していた。β4GalT-2はHNK-1糖鎖の形成に必須で、脳神経系の機能に関与することがわかった。β4GalT-5欠損マウスは予想に反して胎生初期に致死となった。テトラプロイドレスキュー実験により、胚自身よりも胚体外組織の異常で致死となることが示唆された。β4GalT-5はタンパク質糖鎖ではなく、スフィンゴ糖脂質の合成起点となるラクトシルセラミド(LacCer)の合成を担うことを明らかにした。以上のように同じファミリーに属するガラクトース転移酵素でも、それぞれ免疫系、脳神経系、発生過程と役割分担があり、生体にとって重要な役割を担っていることがわかってきた。

第81回
日 時 平成25年2月14日(木)午後4時30分から
場 所 共同利用研究棟6階会議室
演 題 「iPS cells and drug discovery」
講 師 中西 淳 先生(武田薬品工業株式会社先端科学研究所・主席研究員)
内 容
 iPS細胞は無限の増殖能を持ち、様々な組織の細胞に分化できることから、再生医療や創薬への活用が期待され、実際に実用化への流れが急速に進展している。我々のグループでは、2008年より、ヒトiPS細胞を京都大学より導入し、神経や膵β細胞の分野で創薬への活用について検証を開始した。
 本セミナーでは、このiPS細胞を用いた創薬研究について、製薬企業の立場から具体例を紹介しつつ、現状の課題や将来への展望も含めて解説する。また、患者さんから作製された疾患特異的iPS細胞は、疾患メカニズムの解析および新規創薬ターゲット探索に活用できる可能性が大きく、これまで有効な治療法や薬剤が開発されていない難治性疾患に対する新たなアプローチ方法を提供するという点で画期的である。すでに、遺伝性疾患を中心に相当数の疾患特異的iPS細胞が作製され、病態フェノタイプを再現する細胞モデルの構築を目指して研究が始まっている。この疾患特異的iPS細胞を用いた疾患研究についても、とくに創薬への活用の観点から、内外の情勢を紹介したい。